こんにちは。
ときたまです。
英語って、全然日本語と違いますよね・・・!
使っている文字も、発音も、語順も、考え方も。
今回は、英語を学習している「日本人」だからこそ意識できていない意外な「違い」について書いていこうと思います。
目次
以心伝心
私のシャーペン知らない?
日本人はこのように言われると、当たり前のようにシャーペンが無いかどうか探し始めます。
え?普通のことじゃないの?と思う人もいるかもしれません。
でも
少し不思議に思いませんか?
「私のシャーペン知らない?」
つまり、自分が相手のシャーペンがどこにあるのかを聞かれているだけなのに、なぜわざわざ探し始めてしまうのでしょうか?
知っているか、知らないかを聞かれているのであれば、「はい」か「いいえ」で答えで答えればいいじゃん・・・
と私は思いません・・・。
なぜなら、これは日本人に特有の考え方、行動の仕方であるからです。日本語でモノを考える私にとっては少し不自然。
「はい」か「いいえ」で答える行動は日本語を母語とする人であればまぁとるものではありません。
逆に「はい」か「いいえ」で答えられても困るのが本音です・・・!
察し
こうした日本人特有の行動は
「察し」とよく言います。
長い間、この極東の島国培われてきた「心の習慣」です。そう易々と変えられるものではありません。
まさにテレパシーです。
日本人から見れば当たり前ですが、海外の方から見れば実に不思議なもの。でもよくよく考えてみれなば奇妙なものです。
私も、ロケット鉛筆持ってる?と聞かれたとき、
「あぁ。きっとこの人はロケット鉛筆もしくは書くための道具を忘れたから、私に貸してくれないか?」と無意識的に考えていると思うと、
日本語って
めちゃくちゃプロセスをふっとばして話している言語だなと感じました。
英語の自意識
次の文章を見てみましょう!※ Fateではお馴染み、ある人物の詠唱です。
体は剣で出来ている
I am the bone of my sword.
血潮は鉄で心は硝子
Steel is my body,and fire is my blood.
幾たびの戦場を越えて不敗
I have created over a thousand blades.
ただ一度の敗走もなく、
Unaware of loss.
ただ一度の勝利もなし
Nor aware of gain.
担い手はここに独り
Withstood pain to create weapons,
剣の丘で鉄を鍛つ
waiting for one's arrival.
ならば我が生涯に意味は不要ず
I have no regrets.This is the only path.
この体は、
My whole life was
無限の剣で出来ていた
"unlimited blade works"
注目してほしい部分は、この3つ。
- 体は剣で出来ている
I am the bone of my sword. - 幾たびの戦場を越えて不敗
I have created over a thousand blades. - ならば我が生涯に意味は不要ず
I have no regrets.This is the only path.
英語の場合は
す・べ・て「I」から始まっています。
対して対応する日本語の翻訳には、「私」を直接意味する言葉は含まれていません。
実際に、今この文章(日本語)にも
「私」を意味する言葉はありません。
これが日本語と英語の最大の違いだと思います。
(This is , I suppose , the most obvious difference.)
ほら、英語だと「I」が入っているでしょ?
アイデンティティ
英語は
確立された自我「I」を持つ言葉であり、
英語を母語とする人、英語を話すことに慣れている人は、「I」というアイデンティティの意識が強いと思います。
そして「I」に対する相手は、「you」です。この関係はほぼ変わることがありません。
英語においては動作主、つまり誰が行ったかが重要になってくるのです。
I play the piano でなら、誰が何をしているのかすぐわかります。つまり「誰が」何をしているのか明らかにする必要がある状況にあるということです。
もし「I」が無い場合
play the pianoと突然言われても、「?」と疑問を抱くでしょう。これが命令文なら別ですが・・・。
主語が無い日本語
対して日本語の場合、「主語」はほとんどの場合において示されることはありません。めったにありません!
- 体は剣で出来ている
I am the bone of my sword. - 幾たびの戦場を越えて不敗
I have created over a thousand blades. - ならば我が生涯に意味は不要ず
I have no regrets.This is the only path.
ご存じこちらの文も同様。
そして例えば、朝に挨拶を交わして会話するときも、
「おはよう!」
「おはよう」
「元気?」
「うん」
「昨日のヒロアカ見た?」
「もちろん!めっちゃ面白かった。次も楽しみ・・・」
「だよね。漫画も欲しくなっちゃった」
日常生活においても、わざわざ主語を示す、つまり「誰が」を表現する必要がないのです。
でも日本語にも一応「誰か」を表す言葉はあります。
- 私:俺、オラ、僕、私、小生、それがし
- あなた:お前、貴様、汝、てめえ
でもこれらは英語の「I」や「you」に比べたら主語としては弱弱しいものです。
特に「あなた」は「彼方」つまり「あちら」=「彼方」であり、
方向を示す言葉以外の何物でもありません。
彼も、もともと指示代名詞。「彼方」は「彼の方」=「かのほう」であり、やはり方向を表しています。
英語学習のため
ここまで英語と日本語の決定的な違いを紹介してきました!
この主語の有無の違いは「私」が英語を得意だと思えるようになった契機を作ったものです。
言葉を理解することは、
違いに注目することなのでは?とも思った瞬間です。
是非参考にしてみてください!