「アニメを見てばかりだ」。
そう「見て」ばかり。
18才の青二才大学生である私は、時々このような思いに襲われることがある。
私はアニメをよく見る方だと思う。自分が気に入ったり、印象に深く残ったモノはノートに書き留めたりしていますし。
でも、アニメの最終回を迎えるときや、キャラクターに感情移入をするたびに、
こう感じることがおおいです。
なんだか・・・もどかしい。
アニメの多くは、「テレビ」というメディアを媒介として、私たち視聴者側に一方的に流され、送られるものでもある気がします。
娯楽、エンターテインメント、つまり「消費」されるという面もアニメは持ち合わせています。
しかし、それだけではやはりもどかしいのです。非常に勿体ない気がしてならないのです。
誰かが絵を書き、
セリフを決め、
アニメのために演出やシナリオを編成し、
ブレスのタイミングを決め、
声を吹き込む、
数多のプロセスや人間を介して、一つの「キャラクター」が完成する。
それを私としてはただ
「面白かった」
の一言で、済ませたくはないと思いました。
つまり、自分が思ったこと、アニメへの感想をしっかりと「言語化」「可視化」したいと感じたのです・・・。
ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評
は、その漠然として思いを見えるようにしてくれる一冊です。おそらくこの本を少しでも手に取る方は、アニメに関心があることは間違いありません。
アニメへの、モヤモヤとして捉えようのない思いをハッキリとさせたいな、と考えている方にはこの本がおすすめです。
さらにこの「ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評」は、単純な感想ではなく、
様々な視点から「アニメとは」について言及しているので、なんだかアニメ論のような教科書を読んでいる感じでしたが、
自分の知らないこと、考え方、視点が盛りだくさんだったので、非常に読みごたえがありやした・・・。
目次
著者情報と本の概要
「僕らがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評」
本書では、『君の名は。』『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』『
この世界の片隅に』『海獣の子供』などの劇場作品から、 『魔法少女まどか☆マギカ』『おそ松さん』『けものフレンズ』『
宇宙よりも遠い場所』などTV放映作品、 『父を探して』『LEGO® ムービー』『スパイダーマン:スパイダーバース』
などの海外作品まで、
アニメ評論家として活躍し続けてきた著者が人気連載「 アニメの門」で展開した時評、 雑誌等に掲載された大量の論考を加筆・修正し、
この10年間のアニメを改めて見つめなおす。 アニメ制作技術の変化、表現の変化、
ビジネス環境の変化著しい2010年代が終わりを迎えようとして いる今、その広大な流れを掴むための絶好の一冊である。
著者 藤津亮太
著者の藤津亮太さんは、アニメ評論家をしている方です。東京工芸大学非常勤講師でもあります。
その他にも、
- 『「アニメ評論家」宣言』(扶桑社)、
- 『チャンネルはいつもアニメーゼロ年代アニメ時評』(NTT出版)、
- 『声優語~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~』(一迅社)、
- 『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』(河出書房新社)
などの著書があります。
10年以上アニメに関わる仕事をなさっている方で、非常にアニメに対して知見の広い方です。
本を読んでいる際も、一つの作品に対して、さまざな作品からの共通項や差異を基に、多面的にアニメ作品を評価しているなぁと思いました。またアニメの知識だけではく、文学小説にも知識があるのかなぁとも感じました!
本の内容は十二分に説得力のあるものです。
感想
感想としましては、
アニメって奥が深いねぁ・・・!!!
です。
私たちがいつも見ているのって、
常に「完成形」のアニメなんです。
ですから完成されるまでの過程だったり、制作側の意図だったり、細かい表現や描写、そういったものに目を向けるって結構難しいんじゃないかなぁって感じます。
間にバイシュ・シュバルツのCMが流れるものの、
キャラクターたちが紡ぐ物語は私たちの眼前でどんどん進んでいきます。
その物語をとらえるのに精一杯になってしまう私は、「アニメとか之如何に」のようなことに思いをはせるのがなかなか出来ない。
この本は、流石10年以上アニメに関わって来ただけあって、アニメの本当に細かい部分まで言及しています。
2010年以降のアニメの歴史を垣間見ているような気もしました。
さらにこの本は、本の最近まで公開されていた作品に対しても言及しています。
記憶が新しい分、読んでいて、
「あぁ~そういう考えもあるのかぁ・・・!」
としみじみと考えてしまいました。
そうしてまたアニメを見返したくなる。
この本を読むことによって得た、新しい目と今までの目。それらを通して改めてアニメを見返してみることで、
アニメはただ消費されるだけでなく、「味わう」「享受する」「楽しむ」、そういった存在へと昇華していくのだと私はつくづく思いました。
アニメって本当に広いモノだと思います!
アニメの存在
テレビというメディア、つまり媒体、媒介、から流れるものではなく、
アニメはそれ自体がメディア(媒介手段)となること。
人と人とをつなぐ手段となり、アニメを「通じて」、アニメのその先に、その奥にあり誰かの思いや願い、意図を感じることもできる。
単なる四角い箱に収められた、絵画の連続ではありません。
と、この本を読んでいるときに、おも~いました!
少々引用を・・・
君の名は
2016年8月に公開された、新海誠の作品。
私も映画が公開される前に、小説版を読んだ記憶があります。でも、小説で読むのと、映画で見るのとではやっぱり印象や感じ方が全然違いますねぇ。
さて、
君の名はに関して、本の中ではこのような文章があります。
『君の名は。』は三葉を主人公と考えると、さまざまな描写が明確になるのだ。
(2019)、非対称的な「入れ替わり」と「当事者性」ー『君の名は。』、藤津亮太、『僕らがアニメを見る理由』、株式会社フィルムアート社、p050
この文章を読んだとき、私は驚きと同時に疑問を覚えました。
私は、「君の名は。」だけでなく、「君の名は。another side earthbound」も読んでおり、「君の名は。」という作品を色んな人の視点で見ていたはずですが、どこかで「瀧」という人物の視点にとらわれていたようです。
映画でも、「入れ替わり」が物語の重要な要素として採用されています。
物語の後半では、「瀧」が「三葉」を探すという構造になっていたためか、
物語全体を「三葉」から考えてみたことがなかったので、非常に興味深い内容でした。
宇宙よりも遠い場所
2018年、4月あたりだったでしょうか。このアニメはここ最近でも印象に残っている作品です。
最終回を見たときは、なんとなく少女終末旅行と似た、虚脱感を覚えて、物思いに沈んでいたような・・・。
本の中で、著者の藤津亮太さんはサン・デクジュペリの「星の王子様」にも触れていました。
実は、今ちょうどフランス語の「星の王子様」を読んでいたので、「宇宙よりも遠い場所」に絡めて来たときは驚きました!
「星の王子様」で描かれる
「バラ」と「王子様」の関係。
「宇宙よりも遠い場所」では、一体どのように描かれるのでしょうか?
そして宇宙よりも遠い場所ってどこなのでしょうか?
スパイダーマン:スパイダーバース
この作品は、技術的革新という面でフィーチャーされていました。
それもそのはず。
スパイダーバースという言葉が示す通り、多次元のスパイダーマン、スパイダーウーマンが登場します。
そしてそれぞれが異なる画風で描かれています。
実写で表現できない、一つの作品に異なる画風、雰囲気をもったキャラクターが登場する。
まるで、僕のヒーローアカデミアでオールマイトだけ画風が違うのに、違和感がないように。
アニメの作画はこれから、どのように進化していくのでしょう?
バーチャルさんは見ている
youtubeに突如として現れた仮想空間の住人達。
そして2019年。
彼らは、その枠を飛び越えた。
それにしてもなんだか珍しい。
バーチャルさんは見ているという「アニメ」に登場した、vtuber達は、いわば仮想空間においては存在しうる存在。仮想空間では現実の存在です。
アニメキャラクターとは従来、漫画や小説などからアニメ用に多少なりとも改変を加えられたりしています。
アニメオリジナル作品もプロットの段階から改変があるでしょう。
現実(三次元)に登場する人がアニメに登場するときも、(サザエさんの様な)現実とはかけ離れ、視聴者が分かりやすい様にその人の特徴がボリュームアップされていたりします。
しかし「バーチャルさんは見ているという」の場合、
彼らはそのまま登場
しています。
これがこの作品の大きな特徴でしょう。
アニメというよりかは、タイトルの「バーチャルさんは見ているという」が示す通り、彼らのありのまま、そのままを放送しているのものです。
・・・
「アニメ」って何なのでしょう?
まとめ
書評:ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評
どうだったでしょうか。
結構長くなってしまったのですが、良い内容が書けたと思います!
みなさんもアニメを
楽しみましょう・・・!