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いただきますを英語やフランス語で言う事はできない。【アナクシマンドロス】

京喰種という漫画にこんな言葉があります。

奪う行為は、等しく悪だ。我々は、産まれ落ちたその瞬間からなにかを奪い続ける。食物、かかわりあう人々、肉親からですら、生きる限り屠り、殺し、奪い続ける。『命』とは、罪を犯し続けるものの事。『命』とは、『悪そのもの』。

出典:東京喰種

 

 

これは哲学の授業を受けていた時です。

私たち人間は

すべからく人間以外の動物が、何も感じすに殺されていくという過程に、私たちが肉食を続ける限り、その維持、拡張に関わっているもの。

すなわち、肉食が「種差別」と同等のものであるということ。

ということを知りました。

 

それと同時に、日本語と外国語の食事に際した挨拶の違いにも注目しました。

日本では、「いただきます」、「ごちそうさま」という挨拶が通例です。

 

ではこれを英語で何と言うのかと疑問に思う人もいます。

ご存じの人も多くいらっしゃるかもと思いますが、この表現を外国語で表現することは簡単ではありません。

代用として、

「Let's eat 」

「Let's dig in 」

などがありますが、あくまで「代用」。

いただきます。を指すわけではありません・・・。

 

同時に、「ごちそうさま」をフランス語で言う時は、「ごちそうさま」と同じニュアンスを含んでいるわけではなく、

「C'etait bon」

「C'etait delicieux」

のように、料理に対する感想が代用にあたります。

 

こういった違いってなんなのでしょう?

日本語の場合

らに詳しくはこちらの記事でも紹介してるので、是非ご覧ください!。

英語と日本語の違い。言語構造、文法的な違いを見てみる!【アナクシマンドロス】

 

日本語は簡略すれば、

「相対的」な言葉であると私は思っています。

日本語において大事なのは、「私」のような行動する主体などではなく、状況や環境そのものです。

例えば、

「ねぇ。星が見えるよ・・・!」

英語で表現するとどうなるでしょうか?

これは

「Hey, we can see stars in the sky!」

と訳すことが出来ます。まぁ予想ですが・・・。

先ほども書いた通り、

日本語は行動の主体に重点を置きません。出来事や行動が起こっている状況自体が肝心です。

空にうかがえる星を見ている

私たちは、周りの状況と一体化

し、その状況を最も特徴づける要素だけが日本語では口述、記述される傾向にあるのではないかと考えています。

また日本にとって、自然は愛すべきもの、親しいものという印象が強いことも要因の一つだと思います。

日本ではあらゆるものに神が宿るともいわれますし、トイレにだって神様がいるという歌もあるぐらいですしね。

 

そういったこともあり、

日本人が食事をするときに使う「いただきます」「ごちそうさま」は、自らの血肉となってくれることでの感謝を表していると思います。

「いただきます」は

要は、命をいただきます。

ということ。

 

我々人間が生きている限り、直接的にせよ間接的にせよ、生殺与奪に関わっているというわけです。

 

外国語の場合

国語の場合は、

例えば

フランス語なら「Bon apétit」

ドイツ語なら「Guten Appetit」

ロシア語なら「приятного аппетита」

中国語なら「嗯,好香 啊」(Ěn,hǎoxiāng ā)

などなど。

全てが、食べることに焦点を置いているのです。

フランス語訳、ドイツ語、ロシア語の表現は直訳すると「良い食欲を!」みたいな感じ。

中国語はおいしそう!みたいな感じです。

 

このような考え方が日本語以外の全ての言葉に当てはまるというわけではありませんが、日本語以外の外国語は、日本語に比べて先ほども書いたとおり、

「食べること」に注目している

ものが多いのではないでしょうか。

特に英語の場合

に英語の場合、

言葉においては「私」が確立しています。つまり日本のような八百万の神々のように、あらゆるものに神が宿るというような考え、親しい神、友達のような身近な神のような考えは英語においては存在していません。

言葉を介して存在するのは、

唯一絶対の「神」そして「私」。

動物はその中には存在しません。

もし少しでも、日本的な考えが存在したら、

「Bon apétit」

「Guten Appetit」

「приятного аппетита」

とは言わないでしょう。

「Hey, we can see stars in the sky!」(ねぇ、星が見えるよ・・・!)

も注目されているのは、

星を見る「私たち(we)」と、

見られる対象である「星々」。

主体と客体の関係がはっきりしています。重要なのは状況そのものというよりも、

「誰が何をしているのか」。

自分という主体を無視して、口述、記述をするということはなかなかしません。

 

「いただきます」という言葉は他にあるのか?

れに関してはまだよくわかってはいません。

私自身も調べが十分でないので、もしかしたら食事の挨拶に日本語と似たような考えを持つ言葉が存在するということは十分ありえます。

もう少し調べてみて、何かわかったことがあったら更新しています・・・!

 

まとめ

うでしたでしょうか?

東京喰種の言葉からいきなり、言葉の違いの問題にまで言及してしまいましたが、

ともかくも分かって欲しいことは、

「いただきます」て特殊!ってこと。

だからこそ、種差別への批判の実践として「いただきます」と言うことは大事だと思います。

我々人間が生きていられるのは何故でしょう?

そういったことを考えてみるのもまた人間がすべきことではないかなぁ?と感じます。

 

以上!

 

 

 

 

 

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